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「コーヒーが生み出す」|自転車旅人・西川昌徳さんのdailylife stories#6

札幌でのdailylife bicycle coffeeは多くの出会いを運んでくれた。
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サムズバイク、大通り公園、円山公園。コーヒーというひとつの共通項があるだけで、そこにいる人たちと出会うことができる。コーヒーという飲み物のおかげで、年齢も職業も性格も違う人たちが気兼ねなく集い話すことができる。その可能性は、確かにこの旅をはじめるときに僕が信じようとしたことだ。けれど、そのもう少し先にあった風景を見せてもらうことで、僕はこの旅の新たな可能性を知ることになる。

それは言うなれば「役割」のお話だ。人が誰かのことを思い行動を起こすとき、それはまわりにいる人の心を動かす。自分の一生懸命が誰かの心に届き、感謝の気持ちを伝えられたときに、それはその人の心を満たしていく。何気ない僕のひと言で、目の前に展開していった物語を紹介しようと思う。

 

*役割を持って生きること*

円山公園というところで珈琲を淹れ終わり、片付けて自転車で走りはじめたら、走っている車に呼び止められた。

「西川さんですよね!コーヒー淹れていただけませんか?」

僕のFacebookを見て、飲みに来てくださったのだ。

 

「OKです!この先のどこか自転車とめられるところで淹れますね!」と自転車を走らせ、コーヒーを淹れはじめたら、コーヒーの香りに誘われてか、ご近所に住む親子が来てくださった。子どもたちとコーヒーを淹れながら、お母さんと話していたら「ちょっとお願いがあるんです」と切り出された。

 

「実は、夫が大通り公園の近くでお店をしているんです。彼も昔自転車で日本を旅したことがあって、お兄さんに会ったらきっとたくさん思うことがあると思うんです。もしお時間があれば。」

流れのようなものを感じ、考えることなく「いいですよ!」と答えて行ってみることにした。

たどり着いたのは、大通り公園ちかくの繁華街。建物の地下にあるそのワインBARは、もともと銀行の金庫だったスペースを改造して作られたそう。暗すぎない、高い天井からほどよくランプで照らされた店内は旅人の僕には似つかわしくない厳かな感じで、ついつい自分の服装を恥ずかしく思ってしまった。ネクタイをシュッと結ばれた、いかにも誠実そうなマスターにご挨拶すると「妻から聞いています。来てくださってありがとうございます。」とワインを注いでくださった。

 

「妻が僕の仕事中に電話をしてくることなんてまずないので、よっぽど思うことがあったんだと思います」と語る竹山さん。彼が若い頃にした旅のことをうかがいながら、僕も彼に話をしながら、ほかにいらしたお客さまとともに楽しい夜となった。そして「ぜひまた子どもたちに会って、旅の話をしていただきたいので、我が家の夕食に招待させてください」とご丁寧にお誘いいただいた。

 

それからしばらく経って、竹山さんのお家にうかがった。子どもたちが楽しみにしてくれていたみたいで、マンションの外まで出迎えてくれ、一緒にコーヒーのバッグをかかえてお家にお邪魔し、楽しい夕食の時間がはじまった。妹ちゃんはお腹いっぱい食べすぎたのか、お昼にはしゃぎすぎたのか、夕食を終えるとそのままソファーで眠ってしまった。「せっかく西川さんが旅のお話をしに来てくださったのに…」と残念がるご両親の横で、いい顔しながら聴いてくれていた息子くんに提案した。

 

「じゃあ今日は君がお父さんお母さんにコーヒー淹れてあげるか!?」

うん!と頷いた彼に、いや大切な道具ですからと謙遜するお父さん。せっかくの機会ですから!と彼がコーヒーを淹れることになった。

少し緊張した面持ちで彼のことを見つめるご両親。

そんなご両親の心配をよそに、しっかり自信を持ってコーヒーを落としてく彼。

このあいだコーヒーを淹れたときに、きっと彼はぼくのことじっと見つめていたんだろうな。

彼の姿は堂々としていて、多くを教えなくてもちゃんと順番を覚えていた。

なんとも言えない緊張した面持ちでコーヒーを受け取ったご両親は、コーヒーをひとくち飲んで

「おいしい…」と息子くんを見やった。その顔を見てパッと笑顔が開いた彼は、どこか誇らしげだった。

 

しばらくして竹山さんが僕にこう言った。

「西川さん、息子があんなに一生懸命にコーヒーを淹れるなんて。彼がコーヒーに興味を持っていたなんて僕は知りませんでした。」

それを聞いて、僕はこう返した。

「竹山さん、それだけじゃないと思うんです。きっと彼は、誰かのために一生懸命にやる楽しさを知ったんだと思うんですよ。それが今回はたまたまコーヒーだったんだと思うんです。」

「なるほど…」

そう頷いて、息子くんを見つめる竹山さんの表情はとても穏やかだったし、彼のこれからのことを少し思い描いておられたのかもしれない。

 

それからもいくつもの場所で、家庭で僕は子どもたちがキラキラしながらコーヒーを淹れる姿を見つめることになった。それはまるでその空間を明るく照らすようで、コーヒーを飲むまえにご家族はすでに心が満たされたような顔をしていて、何かあったかなもので満たされているようなそんな気がした。

僕はこれまで旅をしてきた。世界中を旅してきた。

そこで出会い、助けてもらった人たちには経済的に苦しかったり、自分の夢を実現するという暮らしからはほど遠い生活をしている子どもたちがいたり、人生の自由というよりも限られた環境で生きるしかない現実がそこにあった。

けれども、僕がそこで見たものはキラキラと輝く人たちの姿でもあった。貧しくとも助け合い、学校に行けずとも一生懸命に働き、そしてモノも心も分けあえる人たちがそこに生きていた。

それをひと言であらわすならば「役割」という言葉だ。

 

夢を叶えられずとも、便利さとはかけ離れた環境で生きようとも、

そこに「役割」を持って生きることができたなら、人は輝くことができるのかもしれない。

 

コーヒーを淹れる子どもたちの姿が、僕が旅で出会ってきた子どもたちの姿に重なった。

*おまけ*

その後も北海道の旅を続けたなかで起こった北海道胆振東部地震。

僕は被災地に向かいながら現地でコーヒーを淹れることを決め、SNSでコーヒー豆での支援を呼びかけた。

そうして全国から集まったコーヒー豆と道具を持ってむかわ町の避難所を訪れ、その日から避難している子どもたちとともにコーヒーを淹れはじめた。

(つづく)

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(執筆:西川昌徳)

プロフィール

西川 昌徳(にしかわ まさのり)さん
Masanori Nishikawa

自転車旅人
1983年兵庫県姫路市出身 徳島大学工学部機械工学科卒業
世界36カ国90,000km。世界中を自転車で旅する中で生まれた思いや学び、気づき、出会いの物語を伝える旅人。旅先と日本の学校をテレビ電話でつなぐ課外授業「ちきゅうの教科書」を実施するほか、日本各地で講演会を実施。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。

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