「世界を見つめる眼差しに、かさなる記憶」|自転車旅人・西川昌徳さんのdailylife stories#4
目次
*たどり着いた北海道の苫小牧は*
「えーっと、これどう考えてもビッシャンコなるやつやん。。。」
ちょっと天気予報が悪いくらいは分かってた。今のご時世、北海道に向かうフェリーでもスマホ繋がる。
しかし、予想のはるか斜め上を行くというか、バシャバシャ音を立てて降る雨をフェリーの降車デッキのスロープから見守るのはなんとも複雑な気持ちだ。
さあどうするか。たどり着いた北海道の苫小牧はすでに夜。この雨のなか、そして暗さのなかでとりあえずの寝床を確保しないといけない。
ところどころ凹んだ港の道路にはいくつも水たまりができていて、そこにオレンジの明るい光が反射しては表面がパシャパシャと波打っている。
スマホを出すも、あっという間に液晶には水滴がいくつも落ちてしまい画面ロック解除のパスワードすら打ち込めない。
フェリーターミナルのようなところの屋根の下にやっとの思いでたどり着いて画面を拭いて地図アプリを開いた。

最寄りの道の駅はターミナルから10km。
この時間、そして大雨のなか走るのは全くもって無謀だと判断して切り捨て、それでも屋根のあるところにテントを張らないことにはヤバい。
今夜から明日朝にかけて、この雨をふらせている台風並みの低気圧がちょうど苫小牧にかぶるようなのだ。
すがるような思いで、頼むから何か雨を避けるものがあってくれと念じながら、フェリーターミナルから一番近い公園を目指すことにした。
雨が風とともに打ちつけてくるので、前より下を向くような感じで、北海道をこぎはじめた。夜の港を走る道路はすでに一日の仕事を終えたようで、車も歩く人も見当たらない。
公園の駐車場が見えて、そのままなかへと自転車を走らせた。
頼むから雨よけになる屋根があってほしいと願いを込めて。
そうしたらなんとなくだけど建物のようなカタチをしたものが前方に見えて、そのまま自転車ごと屋根の下に滑り込んだ。
今までレインウェアのフードと肩を打っていた雨の音がしなくなり、ちょっとだけシンとした静寂が訪れた。
落ち着いてまわりを見回すと、どうやら公園につくられた船のカタチをした遊具のようだ。遊具といっても割と大きくてマンションのワンルームぐらいのスペースがある。

助かったぁーと思うと同時に北海道の寒さに気づく。
雨で湿った空気が襟元から吹き込んでくるのが冷たくブルッと震えてジッパーを喉元まで上げた。
とりあえず寝よう、とテントを荷物からサッと取り出して、カラダが冷えてしまう前に寝袋にもぐりこんだ。

*友人から1本のメッセージが入った*
一夜明けた翌朝も午後になるまで土砂降りの雨が降り続き、結局走りはじめることができなかった。
夕方やっと分厚い雲からのぞいた太陽の光を見つめながら、走ってもいない、誰にもコーヒーを淹れられない一日を思い、なんだかなぁとなっているときに、友人から1本のメッセージが入った。


「まささん今夜は苫小牧ですか?」
ニュージーランドで出会いお世話になった聖子ちゃんが浦河というところで英語の先生をしていて、その仕事の帰りに苫小牧に寄ってくれるというのだ。
雨で動けなかったとはいえ、2日も滞在するのもなぁなんて思っていたけれど、こうして1杯でも僕のコーヒーを飲みに、顔を見るために来てくれる友人がいるなんて、ほんとにありがたいこと。
苫小牧からまた札幌に戻るのは夜中になるであろう彼女は、駐車場から大きく手を振りながら、満面の笑顔でこちらに向かって走ってきた。
まだ低気圧の影響が残る強い冷たい風の中で淹れる。
自分が落としたコーヒーがなるべく冷めないように、カップを温めそこに共通の友人がくれた数日前にくれたコーヒーを注いだ。
しばらく思い出を語りながら一緒に飲んで、それから彼女はお返しにと僕を夕食に誘ってくれた。ありがとう聖子ちゃん。
*自転車日本一周をして以来の北海道*
思いがけない悪天候からはじまった北海道だけど心は穏やかだ。
翌朝、まだ路面が濡れているなか、肌をかすめる風が少し寒いなか走りはじめた。
空はパキッと青空とまではいかないけれど、一昨日からの雨を思えばありがたいもの。やっぱり雨のなか下を向いて走るよりも、前を見つめて走るのがいいもんだ。
僕にとっては、2006年自転車日本一周をして以来の北海道。
走っていてあぁ北海道に帰ってきたんだなぁと僕が感じたのは、町並みや出会った人ではなく、自然の姿だった。
本州とは少し違う木々が一緒に住む森の雰囲気が当時の思い出を僕に運んできた。
あの傘のようなでっかいフキの葉っぱを道端に見かけたとき、当時の思い出がその光景とニオイとともにざっと自分の記憶から立ち上ってくるような気持ちがした。
北海道でも随一の透明度と友人が教えてくれた支笏湖は、あいにくの曇り空だった。
それでもせっかく来たし、と休憩がてら桟橋のようなところから静かに広がる湖面と、桟橋のまわりを泳ぐ小魚、そしてそのはるか向こうにかかるグレーの雲を見つめていた。
「あら、コーヒー淹れますって書いてあるわ」と背中のほうから女性の声がして振り返った。
僕の自転車の看板を見てくださったようだ。思いがけず湖面を前にしての即席カフェがはじまった。
ふだんは外国、日本とバラバラに住んでいて、久しぶりに家族そろって北海道を訪れたご家族。
いつも仲良しのお友だちとの旅行。
同じ場所を訪れる人たちにも、それぞれの人生があり、さまざまな思いがこの風景にフィルターとしてかかっているのだろう。
コーヒーを通して、そんな瞬間を少しだけ垣間見せてもらって、そしてありがとうの言葉をいただける。
それは些細なことかもしれないけれど、彼らと出会って、コーヒーを振る舞い、片付けまた走りはじめるときに、まわりの景色が少しだけ鮮やかに見えるようになっているような気がするのだ。
*その後の旅「世界を見つめる眼差しに、かさなる記憶」*
ニセコに住む友人が、メッセージをくれた。
是非おいで、いつになりそう?文面を見て思い出したのは、この週末にニセコクラシックという自転車レースに出場する仲間のこと。
よし、なんとか間に合わせられるかもしれない。
それからは走るモードに切り替えて、ひたすらニセコを目指して走りはじめた。















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渡辺洋一さんが手がけるスキーカルチャーマガジン「STUBEN」

(つづく)
(執筆:西川昌徳)
プロフィール
西川 昌徳(にしかわ まさのり)さん
Masanori Nishikawa
自転車旅人
1983年兵庫県姫路市出身 徳島大学工学部機械工学科卒業
世界36カ国90,000km。世界中を自転車で旅する中で生まれた思いや学び、気づき、出会いの物語を伝える旅人。旅先と日本の学校をテレビ電話でつなぐ課外授業「ちきゅうの教科書」を実施するほか、日本各地で講演会を実施。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。
>>EARTH RIDE – MASANORI NISHIKAWA official website