みんながそろった!いよいよ富士山麓へ!|自転車旅人・西川昌徳さんのMOUNTAIN BIKE JOURNEY 2018#中編
目次
「はじめてのパンク」
伊勢からフェリーに乗り辿り着いた伊良湖岬。
カラッとした空気と強く照りつける光がフェリーから降りた僕らを迎える。右手には大きくどこまでも青い海が広がる。「外国みたい!」と子どもたちは、元気よく走りはじめた。
「プシュー!」
前を走るライリュウ。タイヤがみるみるうちにしぼんでいく。
彼にとってはじめてのパンクだから、今度は自分で直せるように僕が教えることにしたら、
すっかりお兄さんキャラでライリュウの面倒を見てくれていたダイチがすねた。
ライリュウは、自分でやってみたのだけれどうまくパンクが直らず、走りはじめてまた空気が抜けてくる。
再びタイヤからチューブを取り出してみるとあんまり気温が高かったのか、パッチがぴったりとくっつかない感じだった。気持ちが焦り、ライリュウにやらせると言いながら、今度はほとんど自分が片付けてしまった。
そのあともダイチは相変わらずのやる気の無さアピールをしていたので叱りつけた。お前は自分が期待していたとおりにならないだけで、そうやって誰かのことを放り出すのかと。
叱ったそばから、自分も余裕のなさを痛感する。時間をかけてもダイチに教えさせるべきだった。見守るだけの心の余白が持てなかった。
どうしても富士山に登らせてあげたい気持ちと、迫りくるリミットに自分の心はどんどん削られている。ジリジリ肌の焼ける気温、体力、そして気持ちの余白、どれとも向き合いながら前に進んでいくしかない。
自分の、そして子どもたちの気持ちをリセットしたくて、伊良湖産の冷たいメロンをドライブインで食べてひと息ついた。
うまいもん食べたらすっかりケロッとしているダイチやライリュウに救われた。ありがとう、とごめんが心の中で一緒に浮かんでくる。
「え?明日来るメンバーはどんな子?運動神経いいの?」
昨日からダイチとライリュウは、今日合流してくるリョウマのことで頭がいっぱいだった。おれより速かったらどうしよう!分からないことあったら教えてあげよう!なんて言いながら待ち焦がれてきた。
「リョウマがやってきた」
ちょうど午後の休憩をしていたコンビニで、群馬ナンバーの車に乗ったリョウマとお父さんがやってきた。
最初はモジモジしながら、おい先輩なんやから手伝ってやれ!と声をかけると車に駆け寄った。
いろいろやってあげようと張り切るふたりと、はにかみながらユニフォームに袖を通すリョウマが微笑ましい。
さあこれでメンバー全員が揃った。お父さんに、いってきます!と告げて僕らの旅がはじまった。
ダイチは嬉しそうに先頭を引っ張り、ライリュウは後ろから変速のアドバイスをかける。
リョウマはまだペダリングがはやすぎたり安定していないけれど、明るい表情でどんどん走ってく。
フェリーに乗り、パンクもあり、リョウマとの合流があったにしてはがんばり、走行距離は80km。ついに静岡県に入った。すぐそこは、浜名湖だ。
時間を作ることはできないけれど、せめて1日の終りにはとびっきりうまいものを食べさせてあげたい。
今回の参加費ではなかなか彼らにごちそうを食べさせることができないので、旅がはじまってから急遽決めたMOUNTAIN BIKE JOURNEY応援Tシャツのネット販売。
「売り上げはすべて子どもたちにうまいものを食べさせるために使わせていただきます」と売り出したらすぐに完売。
SNSで僕らの旅を見守ってくださるみなさんが支援してくださったのだ。どうやらこのスリリングな旅を見守ってくださっているのは多くの人の心に届いているようだ。
「よし!今日はうなぎを食うぞ!」と伝え、テンションばっちりでうなぎ屋に向かった彼らも、メニューを前にすると、急にしおらしくなった。
そりゃそうだ、昨日までは節約しながらスーパーで食材を買い出していたのだから。
そんな彼らを横目に「上うな重を全員分ください!」と言った僕に、ビビっていた彼らもドキドキしながらうな重を開けて、わかりやすく目を見開いて、ひとくちひとくち大事そうにうな重を食べていた。
夜は浜名湖のキャンプ場へ。時間限定やからな!とおどしておいて、真っ暗ななか、隠し持っていた光るフリスビーをやった。
みんなばかみたいに走って、ばかみたいに飛びついて、転んだまま笑ってる。子どもってほんますごい。好きなことをやってるときは、元気が永遠に湧き続けているようだ。
「多くの人に支えられた1日」
翌日はイベント盛りだくさん。ほんとに多くの人に支えられた1日となった。
すっかり早起きに慣れた彼らは5時前には起き出して、サッとパッキング。昨日から合流したリョウマは、まだ頭が動きはじめる前のようでひとりボーッとしながら片付けかけの何かを手に、立ちつくしている。
出張で近くに来ていた親友家族に差し入れをもらい、見送られながら走りはじめた。
午後からは、僕の親友でサラリーマンでありながらプロロードレーサーとして活動している栗栖が駆けつけてくれた。
子どもたちの彼を見つめる眼差しが、完全に憧れモードになっている。ひとりひとりフォームを見てもらおうと先頭に立ち、そのうしろに栗栖が付いたのだけれど、明らかにいつもよりペースが速い。それもかなり速い。
おりゃーって声が聞こえてきそうなくらいにペダルを踏み込んで走る姿をうしろから見ながら、嬉しくなった。
子どもは気持ちの生き物だ。その気持ちを見つめながら、手を出しすぎず、けれども見守っているよということは伝わるように。
日暮れのタイミングで、今日の目標にしていた100kmを達成した。思わず叫びながらガッツポーズした彼らとの背中はもう自信たっぷりだ。そう、やればできるんだよ。
静岡市に入って現れたゲストは、僕がベトナムでお世話になったまことさん。
家からチャリで駆けつけてくれて、ちょうど橋のところで僕らに大きく手を振ってくれている。合流してすぐ、彼はひとりひとり子どもたちを見て、「きみが○○くんだよね、よろしく!」と握手したんだ。
彼のその思いやりに涙が出そうになった。
ひとしきり挨拶が終わって、「さぁ何食う!寿司だな!寿司!」とまことさんが連れて行ってくれたのは回転寿司。
子どもを放ったらかして、僕らオトナはゆっくり楽しむかと思いきや、まことさんはちょっと行ってくると言って子どもたちの席に乱入して、何皿食べられるか競争させながらエロいことばかり話していた。
寝る前にかならず行っているミーティングにも栗栖とまことさんは参加してくれてそれぞれの思いを語ってくれた。
きっときっと、あなたたちの言葉、そして一緒に走った、一緒に食べた、ともに笑った記憶は子どもたちに深く刻まれています。
「いよいよ富士山麓へ」
さあいよいよ今日は富士山麓に入る。毎日書きかえている黒板に彼らが書いたのは「いっちだんけつ。みんなでがんばる」だった。
そうだ、この旅のあいだ、ぼくらは家族だ。
リョウマがバッグをぶつけて転倒して泣いている。ライリュウがわがままになってきた。ダイチはお兄さんとして彼らを受け止めるだけの余裕がなくなり集中できなくなっている。
だいぶ疲労が溜まっているだろうけれど、僕らにもう休める時間は残されていない。なんとか、富士山の頂上に立たせてあげたい。
海沿いに出て自転車道を走る。彼らの気持ちを少しでも盛り上げようと暴走族ごっこをしたり、坂道どこまで登れるか選手権をしたりしてなんとかかんとか引っ張っていく。
大きな富士川にかかる手前の信号に差し掛かったとき、ついに雲に隠れていた富士山が彼方に見えた。
ダイチとリョウマは、すげー!と叫び、ライリュウひとりが「ぜったいむりだ。あんなところにいけるはずがない。」とうなだれた。
どうあがいても僕らに残された時間はあと2日と少し。なんとか彼らに日本で一番高いところからの景色を見せてやりたい。
(後編へ続く)
(執筆:西川昌徳)
MOUNTAIN BIKE JOURNEYとは
MOUNTAIN BIKE JOURNEYは、日本一低い山・天保山から日本一高い山・富士山頂まで12日間かけて目指す冒険自転車旅プログラム(全行程740km、小学6年生対象)。
世界を走った自転車旅人・西川昌徳さんならではの、「旅」や「冒険」をキーワードとしたCAMPプログラムのひとつです。
>>MOUNTAIN BIKE JOURNEY 2018|EARTH RIDE
プロフィール
西川 昌徳(にしかわ まさのり)さん
Masanori Nishikawa
自転車旅人
1983年兵庫県姫路市出身 徳島大学工学部機械工学科卒業
世界36カ国90,000km。世界中を自転車で旅する中で生まれた思いや学び、気づき、出会いの物語を伝える旅人。旅先と日本の学校をテレビ電話でつなぐ課外授業「ちきゅうの教科書」を実施するほか、日本各地で講演会を実施。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。
>>EARTH RIDE – MASANORI NISHIKAWA official website