旅×自転車 記事

「生まれてはじめて日本が怖いと感じた日」|自転車旅人・西川昌徳さんのdailylife stories#1

*prologue*

旅のはじまりはいつだってドキドキだ。

これまで何度となく異国の地に降り立ち、自転車を組み、そこから旅をはじめた。

いつだって最初にペダルを踏む瞬間には少しだけ躊躇がある。それは自分がしたい旅をしながらも、

まだ少しだけその国に踏み込みきれない不安のようなものが、自分の意識に薄い膜のようにして残っているからだと思う。

 

しかし、まさか日本で。それも今までにない恐怖に襲われるなんて。

思わずペダルを踏むのをやめて、足をついた。そのとき、こう思った。

「日本が、自分が生まれた国がこんなにもよそよそしく感じるなんて・・・。」

 

この旅の舞台は日本だ。今回の企画をdailylife(デイリーライフ)という。

町なかや、公園、商店街。ひとのいる日常に、テーブルとコーヒーセットを積み込んだロングテールバイクで飛び込んでいって、カフェを開く。

カフェに足を運んでくださったみなさんに心を込めて豆を挽いて、コーヒーを落とす。

お代は。タダ(無料)。

どうやって続けていくのだ、という質問はNG。

なぜなら僕だって分からないからだ。

 

僕は世界を旅してきた。冒険のようなことをしていたこともある。

けれどいつだって僕が日本に帰ってきて、語りたくなるのは現地で出会った人々のことだった。

たったひとり、その世界に飛び込んだ僕を受け入れてくれた人たち、助けてくれた人たちのことだ。

彼らの暮らしは、僕の育ってきたそれよりも遥かに貧しかった。

けれどそんな人たちが僕に救いの手を差し伸べてくれた。そこで人は豊かな顔で生きていた。

おとなも、こどもも、みんな居場所があり、役割がある。そんなように感じた。

 

いまの日本に想いは生きているか。

誰かのために心をこめて事をなすことは、生きることと繋がっているんだろうか。

そんな思いから、この旅をすることに決めた。そして今日がそのスタートだ。

自転車に掲げるコーヒーの黒板
▲自転車に掲げるコーヒーの黒板

*自分の躊躇を断ち切るために*

自分の躊躇を断ち切るために、フェリーで東京に降り立ったあと、持っていたお金を全部ATMに預けた。

これで僕は一文無しになった。これで心置きなくこの実験をはじめられるはずだった。

 

しかし開始早々、新橋駅を通りかかったときに、駅から吐き出され会社に向かう数百人のサラリーマンが目の前から迫ってくる光景を前にしたときに、さっきの恐怖に襲われた。

ここは自分が生まれた国だよな?

そう自分でうたがってしまうほど、よそよそしい世界がそこにあった。

それは行き交う人々が僕を見つめているのを感じたのではない。

自分で、自分のやろうとしていることがいかに社会からズレてしまっているかということを改めて客観的に見つめてしまったことに恐怖したのだ。

とは言ってもいまさらあとに引くわけにはいかない。

新橋駅前
▲新橋駅前

しかし、都心からは逃げるようにして僕は進路を西に向けた。

ほんと誰でもいいから、コーヒーを飲んでもらいたい。お金なんて、お返しなんていらないから

「この世界に自分が繋ぎ止められている」という証が欲しい。

そんなすがるような思いで僕は八王子駅にたどりつき、駅から伸びる商店街に足を踏み入れた。

 

目の前にあるその空間に、すうっと引き寄せられるような感覚があった。

商店街の真ん中。ちょっとだけお店が途切れて、小さなステージと、ベンチと、喫煙スペースが設けられている小さな広場。

その場所に立って、まわりを見渡したときに、ここしかないと思った。

けれど僕の準備する姿はきっと挙動不審だったに違いない、怒られないだろうか、追い出されはしないか、

もしかして誰も飲んでくれないのではないだろうか。そんな思いをしながらカフェを開けた。

広場になっているところでdailylife bicycle caféオープン
▲広場になっているところでdailylife bicycle caféオープン

道行く人たちがこちらを見る目線に怯えながら、けれどニコやかに挨拶しないと、と自分に言い聞かせながら、

心も目線も揺れ動く待ち時間を過ごしたのちにひとりのおじさんがやってきた。

ひと言目はこうだった。

 

「おにいちゃん何してるの?」

 

この旅の説明をしてみるのだが、なかなか納得した顔にならないおじさん。

せめて値段を書かないとさ、東京では怪しまれちゃうよ、書いたほうがいいと言われてしまった。

けどせっかくだから一杯もらおうかな、とこの旅最初のコーヒーを淹れさせていただくことができた。

 

おじさんはとりあえずこれね!と380円をくださった。

すぐに水を買いに走った。

*なんとかやれそうだ*

よし、これで誰にも恥ずかしくないコーヒーが淹れられる。

それにさっきまですっかり世間からはみ出してしまっていたような気持ちが少しだけ和らいでいた。

なんとかやれそうだ。

おじさんにいただいたお金
▲おじさんにいただいたお金

それからはいろんな人が来てコーヒーを飲んでくださった。

財布を家に忘れたサウジアラビア人の留学生。一人暮らしで寂しがり屋の中国のおじさん。

スペインでプロサッカー選手を目指す青年。九州で離婚して3人の子どもを連れて上京したお母さん。

サウジアラビア人留学生と中国人のおじさん
▲サウジアラビア人留学生と中国人のおじさん
スペインでプロサッカー選手を目指す青年
▲スペインでプロサッカー選手を目指す青年
夜には八王子に住む友だちがかけつけてくれた
▲夜には八王子に住む友だちがかけつけてくれた

 

気づけば日はすっかり暮れて真っ暗になっていた。

片付けをしながら今日をふりかえる。いつの間にか気持ちがしっかりしていた。

手元には1500円とおにぎり、それにサラミにお菓子。

よし、これで明日もコーヒーが淹れられる。

帰りのペダルは疲れているはずなのにリズミカルに回っていた。

さあ、明日はどんな出会いがあるだろう。

(つづく)
(執筆:西川昌徳)

#2「わたし、こういう場所が欲しかったんだ」>>

プロフィール

西川 昌徳(にしかわ まさのり)さん
Masanori Nishikawa

自転車旅人
1983年兵庫県姫路市出身 徳島大学工学部機械工学科卒業
世界36カ国90,000km。世界中を自転車で旅する中で生まれた思いや学び、気づき、出会いの物語を伝える旅人。旅先と日本の学校をテレビ電話でつなぐ課外授業「ちきゅうの教科書」を実施するほか、日本各地で講演会を実施。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。

>>EARTH RIDE – MASANORI NISHIKAWA official website

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