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【インタビュー】自転車旅人「西川昌徳」さん 世界を旅する中で得たこととは?|by TABIRIN Part.2

世界36カ国90,000kmを自転車だけで走り、現代の語り部としてその経験をこどもたちに伝える活動をする自転車旅人「西川 昌徳(にしかわ まさのり)」さん。

Part.1では、西川さんのプロフィールや自転車旅のきっかけについてご紹介しました。

Part.2では、西川さんが世界を旅する中で起きたエピソードに迫ります。果たして、旅を通じて得られたこととは何だったのでしょうか。

Part.1のレポート>>西川さんのプロフィール・自転車旅のきっかけ

 

今回のプロフェッショナルは

西川 昌徳(にしかわ まさのり)さん
Masanori Nishikawa

自転車旅人
1983年兵庫県姫路市出身 徳島大学工学部機械工学科卒業
世界中を自転車で旅する中で生まれた思いや学び、気づき、出会いの物語を伝える旅人。旅先と日本の学校をテレビ電話でつなぐ課外授業「ちきゅうの教科書」を実施するほか、日本各地で講演会を実施。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。

>>EARTH RIDE – MASANORI NISHIKAWA official website

 

世界を旅する中で、西川さんが体験し学んだこと

[前回までのあらすじ]

自転車で日本一周を果たした西川さんは、ついに海外の自転車旅へ歩みだすことに・・・

 

TABIRIN ──初めての海外の旅は中国でしたが、どうでしたか?

中国への出発の日に友人が集まってくれて、意気揚々と出発したわけです。「成長して日本に帰ってくるよ」なんて言ったりしてね。

で、船が出発して日本を離れたんで、甲板を下りて船室に入るんですけどね。周りがみんな中国人。聞こえる言葉も当然、中国語なんです。

そこで気づいたんです。言葉がわからない、と。一気に不安になりました。

で、中国に着くころには、旅なんて全然したくなくなっていたんです。笑

▲中国を旅する西川さん この頃は荷物が多く、どこに行くにも目立ってしまったという

 

TABIRIN ──言葉がわからない中、コミュニケ―ションは大丈夫だったんですか?

中国で印象的な出来事がありました。

上海を抜けて小さな村に入った時のことです。強面のおっちゃん2人が目の前に立ってこっちを見てるんです。

僕は逃げるように横を通ったんですよ。そしたら、おっちゃんメチャクチャ怒鳴ってきたんです。

僕は怖くなって謝ったんです。そしたらおっちゃん、スイカを僕に勢いよく差し出してきたんです。

僕は混乱しててぶん殴られる!って思って身を屈めたんです。でも僕にスイカを食べろってことだったんですね。

それで、どうにかコミュニケーションを取ろうと思って、考えついたのが漢字で伝えることでした。

「怒?」って書いたメモを渡したら「不怒」って返ってきたんです。それでやりとりをしたら仲良くなって、沢山のスイカをご馳走になりました。

そんな感じで2~3カ月を過ごしていたら、不思議とテレパシーが使えるようになるんですよ。言葉は分からないけど、空気が読めるようになったんです。

▲中国でスイカをくれたおじさんたち 

 

TABIRIN ──旅先でいろんな人たちが親切にしてくれたんですね。

そうなんです。

こんなエピソードもあります。中国の次はイランを旅したのですが、当時の中東はテロなどの事件を二ュースでしか見たことがなかったので怖かったんです。

イランの空港を出た時でした。5人組のイラン人にいきなり囲まれて、僕の自転車の入った段ボールを持つんです。これはヤバイ!!って思ってあわてました。

 

TABIRIN ──それは怖い!大丈夫だったんですか?

実は自転車の組み立てを手伝おうとしてくれていたんです。おまけに段ボールを捨ててくれて、街の入口まで案内もしてくれたんです。

こんなこともありました。ある食堂に入ったときに席がいっぱいで諦めようとしたんですが、ヒゲモジャのおじさんが親切に席に加えてくれたんです。そして、おススメの料理と食べ方も教えてくれるんです。まずはアゴヒゲを服の中にしまうところから。僕、そんなにアゴヒゲないの。笑

で、先に食事がすんだおじさんは先に行くってことで、お礼とあいさつをして別れたんです。そのあと、自分も食事を終えて会計をしようとしたら、さっきのおじさんが僕の分まで既に支払ってくれていたんです。

ビックリしますよね!!こんなことがイランでは毎日起きたんです!!

▲イランの空港で自転車の組み立てを手伝ってくれたおじさんたち

 

TABIRIN ──僕たちが一般にイメージするイランとはずいぶん違いますね

そうでしょ。

で、ある日聞いてみたんです。なんでイスラムの人はそんなに親切にしてくれるのかと。

そうしたら、イスラム教には大事な教えがあって、その一つが感謝の気持ちをもつこと、もう一つは助け合うことなんだと。

それは僕たち日本人が大切にしている心となんら変わりのないものでした。

衝撃を受けました。世界は自分が思っていたよりも、全然違ったんです。

そして、日本で暮らしている人たちよりも、彼らはずっと「心が豊かだ」と、感じさせられました。

すごく笑顔が輝いているんですよ。旅先で親切にしてくれた人や一生懸命頑張っている人たち、みんな。

▲旅先で出会った人びとの笑顔

 

TABIRIN ──旅の中で、色々な人と出会い、学びがあったんですね。

最初は世界を旅することで、自分に自信をつけて、一人で生きていける人間になりたかったんです。だから、ネパールの山脈とか、アメリカのグランドキャニオンとか、一人で走って、それこそ「冒険」をすることが目的だったんです。

でも旅を通じて雄大な自然にぶつかり、いろんな人々と触れ合うことで知ったことは「人は一人では生きていけない。多くの方に支えられてはじめて生きることができるんだ」と気づきました。

僕の旅に対する想いも「出会い」が大切なものになっていったんです。

▲世界中の人びととの出会いや学びのエピソードを語る西川さん

 

TABIRIN ──世界中を自転車で旅して回った西川さんだからこそ、見つけた一つの「答え」ですね。

ネパールの旅では、とある小学校に訪れました。そこには、どうみても疲れた顔していて、でも、必死に英語を勉強する女の子がいました。僕は聞いたんです。

「君の将来の夢は何?」

「医者になりたい。」

「どうして?」

「村には病院がなくて簡単に人が死んでしまう。自分が医者になればそんな人たちを救える。そして、家族はご飯を食べていけるから。」

僕は何も言えなくなりました。

そんな彼女が使っているノートは黒く汚れていて、消しゴムを買えないから指で消しているんです。ノートを使い切ったら、その時だけは先生から消しゴムをもらって、全部消してもう一度ノートを使うんです。

▲村と家族のために勉強に励む少女 ネパールの小学校にて

 

TABIRIN ──とても心うたれるエピソードですね。

そのクラスには40人の生徒がいるらしいんですが、いたのは5~6人なんですよ。ほとんどは、家で弟や妹の面倒を見ているか、市場で家族のために一生懸命働いているんです。

みんなやれと言われてやっているんじゃなく、「自分で心から考えて」、「だれかのため」に行動をしていたんです。

それは、すごく考えさせられる出来事でした。

それで、自分も「だれかのため」にできることないかって考えました。それが、自分のリアルな体験を「伝える」ことだったんです。

▲家族のために働く子どもたち ネパールのとある村にて

 

旅を通じて「だれかのため」に自身の経験を「伝えて」いきたいと思うようになった西川さん。

次回は教育活動の舞台に入っていくようになったきっかけをお届けします。

お楽しみに!

>>Part.3のレポートへ

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【西川さんの講演会レポート】

(執筆:クリス)

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