日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」の文化財をめぐる自転車の旅は、まず宇治市街から。
このコースには、今は失われた名茶園跡、時代を超えて魅力を放つ老舗の茶屋とやきもの窯元、茶葉栽培初期のエピソードを伝える碑、さらに秀吉の茶の湯ゆかりの故事を残す宇治橋、お茶関係店が多い商店街やお茶の香りがただよう表参道、さらに市営茶室や資料館など、お茶の歴史と文化が実感できるポイントが多い街であり、スタートにふさわしいエリア。
もちろん平等院と宇治上神社、宇治が誇る2つの世界遺産も見逃せないし、上流の天ヶ瀬ダムまで気持ちの良い道を走るのも良い。
市街は観光客もクルマも多いので、周囲には十分注意し、交通マナー厳守を。
お茶のふるさと「山城」は、13世紀に栄西禅師が宋から伝えた茶の栽培法を、明恵上人が宇治にもたらして以来、約800年にわたって製茶技術の工夫と品質の向上・生産の拡大によって日本の茶文化を支えてきました。そして、独特で美しい茶畑、茶問屋、茶まつりなどの代表例が優良な状態で揃って残っている日本で唯一の場所です。この一連の物語(ストーリー)が日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」~京都・山城~として認定されました。
マップ詳細へ※オンラインの地図上でサイクリングルートが閲覧できるウェブサイト「ルートラボ」が2020年3月末でサービス終了したため、「bikemap」に変更したことで、bikemap内の距離や高低差に誤差が生じている場合がありますが、ご理解ご了承の程、よろしくお願いします。
宇治橋西詰から一の坂の手前まで、宇治橋通り商店街は江戸時代には「御茶師」や茶問屋が軒を連ねていた。現在も商店街にはお茶販売店が目立つ。近世初頭以来の「御茶師三仲ヶ間」一つ、上林春松家の資料を展示する「宇治・上林記念館」が往時の様子を伝える。
末法思想が広まっていた平安後期、藤原頼通が西方極楽浄土のイメージを表現すべく建立。近年、建立当時に近い姿へ復元された。10円硬貨の図柄でご存知。本尊の阿弥陀如来像は定朝の作。1994年、世界文化遺産に登録。
びわ湖から流れる瀬田川は滋賀県境より下流で宇治川、八幡の三川合流点から淀川となる。古来から近江大和山城・難波を結ぶ水上交通路として重視されてきた。莵道稚郎子や源平の宇治川合戦など歴史上のエピソードも数々。現在は鵜飼(7月~9月下旬)が人気。
1964年竣工、高さ73m、長さ254mのアーチ式ダム。川の治水流域各市へ上水道供給・発電などに活躍。ダム上通路は見学可。
一説では、曹洞宗の最初の寺院。1648年に淀城主の永井尚政が再興。室町時代の七名園の一つ「朝日茶園」の跡地。本堂は伏見城の遺構と伝わる。石門~桜門間の参道「琴坂」は桜と紅葉の名所。国重要文化的景観。毎年10月の「宇治茶まつり」では壺口切の儀茶筅塚供養が行われる。
宇治の茶文化に欠かせないやきもの「朝日焼」は慶長年間に初代奥村治朗右衛門藤作が開窯。二代目藤作が小堀遠州の指導を受け、「遠州七窯」の一つに加えられた歴史を持つ。七名園の一つ「朝日茶園」跡地に窯元のギャラリーと陶芸教室があり、1日陶器づくり体験可。
宇治の産土神としておよそ1700年の長い歴史を持つと言われる由緒ある神社で、古くは「離宮八幡宮」と呼ばれ、宇治上神社と二社一体で「離宮上社」と称されていた。祭神うじのわきいらつ莵道稚郎子。神社はその居跡という伝承。宮司は毎年10月の「宇治茶まつり」で祭礼を先導する。
応神天皇・莵道稚郎子仁徳天皇を祀った三殿は平安後期の作で、神社建築としては日本最古。世界文化遺産。拝殿(国宝)は鎌倉初頭の寝殿造建築で、境内が莵道稚郞子の桐原日桁宮跡と伝えられる。春日神社の摂社や拝殿の脇に湧く宇治七名水の一つ「桐原水」もお見逃しなく。
中国明朝様式の伽藍建築が異彩を放つ寺院。 明より渡来した 僧隠元隆琦が 1661 年に開山。 彼が伝えた淹茶法は永谷宗 円が煎茶製法を編み出すヒントになったと言われる。 三門前 田上菊舎の句碑が建つ。 坐禅体験可 (要予約)。 中国風精 進料理 「普茶料理」 で有名。
宇治橋東詰、1160年創業、義政秀吉家康らも一服したと伝わる老舗。主人の家系は代々、宇治橋の橋守を務めた。店内の初代通園坐像は一休上人ゆかりの品。現在の建物は1672年築。「都名所図会」に描かれる。高級品から普及品、有機肥料栽培茶まで多彩な品揃え。
646年に僧道登が架けたと伝わる。瀬田唐橋山崎大橋と並ぶ「三古橋」。交通の要所ゆえ何度も激戦の舞台に。上流側の張出し「三の間」から「通圓」当主が汲んだ水を秀吉の茶の湯に供した故事を踏まえ、「宇治茶まつり」では「名水汲み上げの儀」が行われる。現在の橋は1996年架橋、長さ153mの鉄筋コンクリート橋。